サンゴ礁Q&A
サンゴとサンゴ礁
[回答:茅根 創(東京大学)・波利井佐紀(琉球大学)]
宝石サンゴ
[回答:野中 正法 (沖縄美ら海水族館)]
- Q:「宝石サンゴ」と「造礁サンゴ」とはどのように違うのですか?
- Q: 六放サンゴと八放サンゴの違いは何ですか?
- Q: 宝石サンゴはどのくらい前から利用されているのでしょうか?
- Q: 宝石サンゴ類の資源保護の観点でどのような研究がありますか?
サンゴの生態
[回答:下池和幸(阿嘉島臨海研究所,現・(財)自然環境研究センター)・茅根 創(東京大学)・波利井佐紀(琉球大学]
サンゴの白化現象
[回答:日高道雄(琉球大学)・山野博哉(国立環境研究所)]
サンゴ礁研究と保全活動
[回答:藤原秀一(海中公園センター,現・(株)国土環境)・山野博哉(国立環境研究所)]
オニヒトデの基礎知識
[回答:沖縄県オニヒトデ対策会議専門委員・沖縄県文化環境部自然保護課・財団法人沖縄県環境科学センター]
サンゴとサンゴ礁に関する書籍
サンゴとサンゴ礁
A: サンゴは樹木のように枝分かれしているものもあり、一見、植物に見えます。実際、昔は植物だと思われていたこともあります。しかし実は、サンゴは動物です。サンゴはイソギンチャクやクラゲの仲間で、刺胞動物(腔腸動物)に含まれます。サンゴ礁を作る造礁サンゴ(イシサンゴ)と宝石サンゴは、ともに刺胞動物で近縁ですが、違うグループに属しています。造礁サンゴは浅い海にすんで成長が早いのに対して、宝石サンゴは深い海でゆっくりと成長します。私たちサンゴ礁学会は、主に造礁サンゴと、造礁サンゴが基礎になって作る地形や生態系のことを研究しています。刺胞動物の中では、六放サンゴのイシサンゴが造礁サンゴの主要なものですが、ほかに八放サンゴのアオサンゴやヒドロ虫綱のアナサンゴモドキも浅い海に住む造礁サンゴの仲間です。
刺胞動物は、口が1つだけ開いた袋(巾着)状の体をもっており、口のまわりを触手が取り囲んでいます。触手の中には、刺胞という他の動物をとらえるための毒針が入っています。サンゴは触手で動物プランクトンをとらえ、口から体内に取り込み、消化して栄養をとります。
サンゴは、イソギンチャクとは違う性質をいくつかもっています。まず、個体がどんどん分裂して群体を作ります。1つの群体には数百から数千、大きなものでは数万の個体が集まって群体を作りますが、皆同じ固体が分裂したクローンです。次に、造礁サンゴは石灰質の石の骨格を作ります。生きている群体の下に骨格を作り、成長とともに骨格が大きくなっていきます。群体の骨格の形は、枝状、塊状、テーブル状など、生息場所の環境に応じて様々です。生きているサンゴは表面をおおっているだけで、群体の形は石の骨格によって作られます。さらにこの石の骨格がどんどん積み重なって、サンゴ礁という巨大な地形を作り上げます。
造礁サンゴは、体内に小さな藻(共生藻)をたくさんすまわせており、共生藻は活発に光合成をしています。造礁サンゴは、動物であるサンゴの体内の共生藻の光合成によってエネルギーの多くを得ていると考えられます。宝石サンゴは造礁サンゴと異なり、共生藻をもっておらず、深い海に住んでいます。以上から、サンゴは動物ですが、植物としての性格も鉱物としての性格ももっているといってよいでしょう。サンゴは分裂してどんどん増えて群体を作るほかに、卵と精子が受精してプラヌラを作り、新しい場所に流れていって定着し、またそこで群体を作る有性生殖もおこないます。
A: 「サンゴ」は動物の一匹一匹、または群体の1つ1つを指します。「サンゴ」がその石灰質の骨格を積み重ねて海面近くまで高まりを作る地形を「サンゴ礁」といいます。ですから「サンゴ」は生物、「サンゴ礁」は地形のことを指します。よく「サンゴ礁がすっかり死滅してしまった」とか、「南の島を縁取るサンゴは」と言われるのをききますが、それぞれ、「サンゴがすっかり死滅」、「南の島を縁取るサンゴ礁」が正しい言い方です。
サンゴだけでなく、石灰藻、有孔虫、貝などの様々な生物も、石灰質の骨格や殻をつくります。サンゴとこうした生物が死んだ後、残された石灰質の骨や殻が固まって長い間積み重なり、サンゴ礁を作ります。サンゴ礁の地形は、陸地とサンゴ礁とが接した裾礁、陸地とサンゴ礁の間に深さ数10mの浅い海(礁湖:ラグーン)を持つ堡礁、サンゴ礁だけがリング状につながった環礁の3つのタイプにわけられます。
3つのタイプの地形がどのようにできたのかを説明したのはダーウィンでした。海のまん中に火山島ができるとその回りを裾礁が縁取ります。島が徐々に沈降していくと、サンゴ礁は上へ上へ、外へ外へと成長し堡礁になります。ついに島が水没してしまうとサンゴ礁だけがリング状に残って環礁になります。この説は後に環礁のボーリングによって証明され、島の沈降はプレ-トテクトニクスによって説明されています。サンゴ礁が平らな地形を海面近くまで作ることによって、サンゴは体内の共生藻に光合成のための光のエネルギーをたっぷりと与えることができます。また、サンゴ礁の地形ができることによって、波の強い外海、白波が砕ける砕波帯、その内側の波の穏やかな海域というように、環境が細分化し、これによって様々な環境に住む生物がサンゴ礁では見られるようになります。サンゴ礁の地形は、サンゴ礁の生物の多様性を支えているといってもよいでしょう。
宝石サンゴ
Q: 「宝石サンゴ」と「造礁サンゴ」とはどのように違うのですか?
A: サンゴ」と呼ばれる動物のうち、その骨格を研磨して、「宝石」に出来るような種を「宝石サンゴ」といい、その製品であるものも「サンゴ(珊瑚)」と呼びます。現在世界中で「宝石サンゴ」として漁獲されているもののほとんどが八放サンゴ亜綱サンゴ科に属する種類で、主には地中海産1種類、日本産3種類、ハワイ産3種類などが漁獲されています。それ以外には「クロサンゴ」として知られる六放サンゴ亜綱ツノサンゴ目に属する数種も、主にハワイ近海で水揚げされ、加工されています。もうひとつ、あまり知られていないのが「ゴールドコーラル」と呼ばれる宝石サンゴで、こちらも主にハワイで水揚げされていますが、これはなんと一般には「サンゴ」として認識されていないスナギンチャク目の一種で、名前の通り、黄色から金色の骨格を持つ種類です。ただ、一般に「宝石サンゴ類」といえば最初に挙げたサンゴ科のサンゴ類のことを指しますので、ここではサンゴ科のグループを「宝石サンゴ類」として記述していきます。
宝石サンゴ類はほぼ例外なく深海産です。といっても数千メートルともなるような深さではなく、せいぜい数百メートルから千メートルくらいの「浅い深海」に生息します。ちなみに、日本でよく知られているアカサンゴやモモイロサンゴは相模湾以南の水深200~300mから記録されています。また、宝石に加工される骨格は白からピンク、赤など美しい色を呈し、非常に硬くて緻密であり、太い根元の部分は簡単に折れることはありません。緻密な骨格を作るため成長は非常に遅く、枝の伸びる速さはアカサンゴで2~6㎜/年程度と言われています。こんなに硬い骨格を作りますが、柔らかいソフトコーラルに近い仲間になります。
それに対して、浅いサンゴ礁にすむサンゴ「造礁サンゴ」は主に六放サンゴ亜綱イシサンゴ目に属する種類で構成されています。体内に褐虫藻と呼ばれる微細藻類を共生させるのも特徴です。やはり硬い骨格を持ちますがほぼ白色、中がスカスカの泡状構造で研磨しても光沢は出ません。どころかぼろぼろと崩れてしまう場合もあります。そのため成長は速く、枝状のミドリイシ類など速いものでは15~20㎝/年で枝が伸びていきます。宝石サンゴ類とは遠い親戚で、むしろイソギンチャクに近い仲間です。
A: 宝石サンゴも造礁サンゴも、イソギンチャクやクラゲとともに「刺胞動物門」という大きなカテゴリーに属しています。刺胞動物門は6つの「綱」と呼ばれる枝に分かれ、「サンゴ」と呼ばれる動物はほとんどが「花虫綱」に入りますが、ヒドロサンゴの仲間は「ヒドロ虫綱」に属します。
花虫綱の動物の体(ポリプ)は文字通り花の形をしているのが共通の特徴ですが、触手の数からまた二つのグループに分けられます。これが、六放サンゴ亜綱と八放サンゴ亜綱というグループになります。六放サンゴの触手は「6の倍数」、一方八放サンゴの触手は必ず「8本」です。ですから、これらを見分けるためにはサンゴ群体全体の形を見ても見分けられません。ポリプ一つ一つの形を観察する必要があります。ちなみに、ヒドロサンゴは遠目にはイシサンゴ類とよく似ていますが、ポリプは花形ではなく、一本の槍のような形をしており、刺胞毒が強く触ると刺されるので、別名「ファイア・コーラル」とも呼ばれます。
Q: 宝石サンゴはどのくらい前から利用されているのでしょうか?
A: 宝石サンゴ類は、有史以前、少なくとも5,000年前から地中海沿岸で装飾品や薬品等の目的で利用されてきたといわれています。ドイツの旧石器時代(推定約25,000年前)の遺跡から、地中海の宝石サンゴCorallium rubrumを加工した玉が出土したという記録があります。地中海産サンゴは日本にもシルクロードを介して輸入され、正倉院にもサンゴの装飾品が収蔵されています。その後江戸時代までに、宝石サンゴは輸入品として日本国内に出回り、地方の大名やその周囲の人々の手に渡るほど普及していたようです。
文化9年(1812年)に室戸の漁師が、漁労中に釣り針に偶然サンゴがかかり、これを領主に献上したことが文章に残っている日本で初めての宝石サンゴ類捕獲の記録だといわれています。その後も度々土佐の漁師は宝石サンゴを偶然引き上げており、これが高値で取引されている「珊瑚」であることは周知の事実になっていたようです。しかし、江戸時代中期から行われてきた「倹約令」に触れることを恐れたか、もしくは重税をかけられることを危惧したか、など様々な推定がありますが、当時の土佐藩はこの珊瑚が幕府に知られることを恐れ、漁師達にはこれを水揚げすることを禁じたとされています。
この後、明治維新にはサンゴ漁は一気に解禁となり、明治4年(1871年)には直ちに室戸地方において、サンゴ採取事業が開始されています。既に捕獲技術は色々と研究されていたようで、天保年間には既に効率よく採取できるように工夫されたサンゴ網が考案されていました。当時の漁獲高はすさまじく、高知、鹿児島、長崎での漁獲の合計が、1901年には16トン以上の水揚げが記録され、日本はサンゴ輸入国から一気にサンゴ輸出国となりました。このころの高知では漁師達は好景気に沸き、かわらぶきの家が次々に建ったといわれています。
サンゴは漁師にとっては一攫千金の夢のある漁であったことは言うまでもないでしょう。しかしそのことが多くの遭難事故を引き起こしたようで、高知では明治42年(1909年)には台風によって多くのサンゴ採取船が沈没し、足摺地方だけでも125名の死者が出たとの記録があります。長崎県の男女群島ではもっと詳細な記録があり、明治28年(1895年)に死者300人、明治38年(1905年)に死者10人、行方不明者209人、沈船数155隻、翌明治39年(1906年)には死者119人、行方不明者615人、沈船数173隻、そして大正3年(1914年)には死者64人、沈船数30隻という記録が残っています。
その後サンゴの漁場は徐々に広がり、伊豆諸島、小笠原諸島までに広がっていき、沖縄では大正13年(1924年)には沖縄県の許可船種にサンゴ漁業として10隻の登録があり、昭和12年(1937年)には沖縄本島知念沖で採取が行われた記録があります。戦後は昭和34年(1959年)に宮古島沖の宝山ゾネでモモイロサンゴの大漁場が発見され、これが沖縄のサンゴ漁が注目を集めるきっかけになりました。小笠原諸島では大正7年(1918年)にモモイロサンゴの漁場が発見され、その後は戦時中の中断以外には小規模ではあるが採取が継続されていました。昭和40年(1965年)には福島県の建網漁船がミッドウェー諸島でサンゴを発見し、日本だけでなく台湾の船などもどっとミッドウェーに繰り出した、という歴史があります。
これらの漁は、全てサンゴ網を用いてのサンゴの採取でしたが、1979年、鹿児島県奄美諸島で、初めて潜水艇によるサンゴ漁が開始されました。それ以後、鹿児島県と沖縄県では潜水艇による漁獲のみを許可しています。
Q: 宝石サンゴ類の資源保護の観点でどのような研究がありますか?
A: サンゴ資源の枯渇は、地中海から日本の各地、ミッドウェーやハワイでも報告されています。地中海ではサンゴが潜水できるような浅い海域にも生息することもあり、生態や資源量についての研究が多くなされています。また、ハワイでもサンゴ資源については調査が進んでいます。しかし、日本産のサンゴについては最近までほとんど調査がなされておりませんでした。
資源保護の観点からまず知っておきたいデータは、成長速度、成熟年齢、繁殖生態等に関するデータです。最も情報が多いのが地中海産のベニサンゴCorallium rubrumであり、成長は年間数㎜から2㎝ほど、7〜10年で性成熟し、雌雄異体の幼生放出型で7月〜10月の間に生殖が行われるという報告があります。ハワイ産のC. secundumは年間0.9㎝の成長で、13年で性成熟し、雌雄異体だが放卵放精型であると言われています。日本産の種についても成長が年間0.2~0.6㎝、ハワイ産と同様、雌雄異体の放卵放精型であることがごく最近の調査で分かってきました。その他、潜水艇による調査で生息密度などもわかってきております。ただ、まだまだその生態については不明な点が多く、保全のための調査を進めていく必要があります。
サンゴの生態
A: 造礁サンゴは、体内の共生藻の光合成のために光が必要です。このため、光が届く浅い海に生息しています。だいたい水深20mまでには、様々な種類のサンゴが分布しています。澄んだ海でしたら、水深80mくらいまでサンゴが見られます。一方、共生藻をもたない宝石サンゴなどの非造礁サンゴは、水深数100mの深い海に住んでいます。
造礁サンゴは本州沿岸にも分布していますが、水温が18度から30度くらいまでの暖かい海がもっとも生息に適しており、地理的には熱帯・亜熱帯の海岸に多く分布しています。とくに、暖流が流れる各大洋の西側に、サンゴもサンゴ礁も多く分布しています。世界でもっともサンゴの種類が多いのは、インドネシア、フィリピン、ニューギニアで囲まれた海域で、ここでは70属以上、450種以上のサンゴが分布しています(生物の分類で、「属」をさらに区分したのが「種」です)。ここから離れるに従ってサンゴの種類は減少していくことがわかります。また、インド洋と太平洋には基本的に同じ種類のサンゴが分布していますが、大西洋には違う種類のサンゴが分布しており、種類数も少なくなっています。
日本はサンゴとサンゴ礁の分布からは北限にあたりますが、サンゴ分布の中心から黒潮が流れてくるため、同じ緯度に比べて多くのサンゴが分布しています。琉球列島から九州、四国、本州に沿って、北へ行くほどサンゴの種類数は減少していきます。 太平洋側では館山湾、日本海側では金沢周辺海域まで造礁サンゴの生息が確認されています。サンゴが積み重なって作る地形であるサンゴ礁の北限は、日本では種子島、世界のでは大西洋のバミューダ諸島とこれまでいわれていましたが、最近北九州の壱岐にサンゴ礁の地形があることが確認されました。世界のサンゴとサンゴ礁の分布は、ReefBaseというデータベースで提供されています。
A: サンゴには卵と精子を一斉に放出して海面で受精するタイプ(放卵放精型)と、体内で受精し成熟したプラヌラを放出するタイプ(保育型)の2タイプがあります。サンゴの産卵時期は種類によって異なり、沖縄の場合、最も普通に見られるミドリイシ類の多くは5, 6月に産卵し、キクメイシ類などの多くは8月に産卵します。
ほとんどのサンゴは1年に1回産卵しますが、その卵は1年近い時間をかけて準備されており、サンゴは水温の季節変化によって卵成熟を同調させています。卵が成熟すると産卵が可能になりますが、すぐに産卵するわけではありません。産卵日の特定には月齢周期が関係しており、多くのサンゴは満月の頃に一斉に産卵します。そして、日没からの経過時間が産卵時刻を同調させています。
しかし、産卵日の同調性は地域によって異なります。オーストラリアのグレートバリアリーフでは、満月の2~3日後に100種を越えるサンゴが一斉に産卵しますが、このような同調性の高い産卵はどこでも見られるわけではなく、紅海、ハワイ、沖縄など多くの地域では産卵日がばらける傾向にあることが知られています。阿嘉島臨海研究所の過去12年間におよぶ研究によると、慶良間列島の阿嘉島周辺では、年や月によって満月の4日前から8日後の期間で産卵日が前後しています。
それでは、産卵日を予想するにはどうすればいいのでしょう。これまでの研究から、サンゴの産卵日は卵の成熟状態によって前後し、卵成熟は水温変化と密接な関係にあることが分かっているので、研究所では卵の成熟状態や積算水温によって産卵日を予想しています。しかし、産卵直前の天候によっても影響を受けるため、正確に産卵日を予想するのは難しいのが現状です。サンゴはお互いに合図を出し合って産卵する日を決めているのかもしれません。将来もしその合図が分かれば、正確に産卵日を予想することができるようになるでしょう。
サンゴの白化現象
A: サンゴの白化現象は、サンゴ礁を衰退させる大きな原因の一つとなっています。サンゴの白化現象とは、造礁サンゴが共生藻を失って、透明なサンゴ組織を通して白い骨格が透けて見え、白くなる現象です。白化したすぐ後はサンゴは生きていますが、白化した状態が長く続くと、サンゴは共生藻からの光合成生産物を受け取ることができなくなり、死んでしまいます。白化を起こすのはサンゴに限らず、共生藻をもつイソギンチャクなど他の動物でも観察されることがあります。
A: 白化現象はサンゴがストレスを受けて共生藻を失うことによって起こります。ストレスとしては、高水温・低水温・強い光・紫外線・低い塩分などが考えられています。これらのストレスが共生藻の光合成系を阻害し、光合成で消費しきれなくなった余剰の光エネルギーがさらに共生藻の光合成系を損傷することが原因と考えられています。共生藻の光合成能の低下がまず起こり、その後に共生藻密度の低下(白化)が起こることが観察されています。損傷された光合成能を失った共生藻をサンゴが消化、排出すると考えられています。また、活性酸素除去剤が白化を抑制したという報告もあり、共生藻の損傷には活性酸素が関与している可能性があります。
A: 1997年から1998年にかけて全世界的に水温が上昇し、この高水温が原因となって大規模な白化現象が起こったと考えられています。下の図は1998年8月の表層水温と、白化が報告されたサンゴ礁で、赤い点は大規模な白化が起こったサンゴ礁を示しています。世界中のサンゴ礁が大きな打撃を受けました。白化の程度が弱くサンゴが死ななかったところは回復が早いことが予想されますが、サンゴが壊滅してしまったところでは元のようなサンゴ群集に戻るには長い時間がかかると考えられています。
1998年のサンゴ白化の分布図
青く塗られた区域はサンゴ礁の分布範囲を示す
赤丸:深刻な白化,青丸:白化が認められた,緑丸:白化が認められなかった
(Data Book of Sea-Level Rise 2000, 地球環境研究センター報告書より転載)
1900年から1990年にかけて全世界で起きた白化現象とオニヒトデの大発生の回数
オニヒトデの被害が1970年頃から減少しているのに対し、白化現象は近年になって急激に増加している (Glynn, 1993に基づき中森亨氏作図)
A: 大規模なサンゴの白化現象の報告は1980年代以降急激に増加しています。この増加は地球温暖化によるものだという説があります。地球温暖化のシミュレーションにより予想される今後の海水温の上昇と、過去にサンゴの白化を引き起こした海水温をあわせて考えると、今後サンゴの白化の頻度はますます高くなり、そのうちに毎年白化するようになるのではないかと心配されています。
サンゴ礁研究と保全活動
A: サンゴとサンゴ礁の研究に関わっている人たちは大学、研究所、財団などに所属しています(本ページのリンク集参照)。国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターのページや米国海洋大気局(NOAA)のページにその人達のリストがあります。
また、世界的にサンゴ礁を定期的に調査する活動が活発におこなわれています。モニタリングといってますが、これは研究者だけでなく、一般ダイバーの参加も期待されています。Reef Checkというモニタリングでは、世界中の多くのダイバーが参加し貴重な情報を提供しています。また、米国海洋大気局(NOAA)でもサンゴ礁とそれをとりまく環境のモニタリングをおこなっています。
A: 世界のサンゴ礁が近年非常によくない状態になってきているということは事実です。1998年発行のReefs at Riskという調査報告によれば、世界のサンゴ礁の58%が潜在的に人間活動(沿岸開発、生物資源の乱獲、ダイナマイト漁などの破壊的漁法の実施、海洋汚染、森林伐開や農地開発に起因する表土流出など)によって脅かされているそうです。さらに、ハリケーンによる破壊・サンゴを食べるヒトデ(オニヒトデ)の大発生や白化現象もサンゴを死滅させる原因となっています。
A: サンゴ礁を守るために世界各国が協力して活動するため、国際サンゴ礁イニシアチブという体制が1995年にできました。日本ではそのための施設として国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターが沖縄県石垣市に環境省により設置運営されています。
サンゴ礁やサンゴの健康度をモニターすること、そしてサンゴが衰退する原因を明らかにすること、また、人間活動がサンゴの環境ストレスに対する抵抗力を弱めていることがあれば、その点を改善することが当面の対応として考えられます。まずお願いしたいのはサンゴ礁を知ってもらうことです。テレビや本をみてサンゴ礁の知識はあるでしょうが、それだけでなく実感としてサンゴ礁を知ってほしいのです。サンゴ礁へいって水中マスクをつけて、泳いでみることです。サンゴ礁の美しさを感じたら、それがサンゴ礁を守ることにつながります。
オニヒトデの基礎知識
A: オニヒトデは、これまでにインド洋や太平洋の各地でたびたび大発生し、サンゴ礁に大きな影響を与えてきました。オニヒトデの生態はまだまだ不明な点が多く残されていますが、これまでに分かっていることを概観してみましょう。
*「オニヒトデのはなし」(第2版、平成16年3月、沖縄県文化環境部自然保護課発行)を基に作成しました。
沖縄県環境部 自然保護・緑化推進課のHPにてpdf形式で配布されています。
1.分類と分布
オニヒトデは、ナマコやウニ、ウミシダと同じ棘皮動物の仲間です。オニヒトデは、インド洋・太平洋に広く分布していますが、カリブ海には分布していません。また、高緯度域には分布していません。
2.形態
オニヒトデの体色は、灰色、オレンジ色、紫がかった青色と様々ですが、棘の先は赤色をしているものが多いようです。体の大きさは成熟した個体ではふつう30cm前後ですが、大型のものでは直径60cm位になるといわれています。腕の数は10~20本と様々で、平均15本前後といわれています。
体は柔軟性に富み、枝状サンゴの枝の間や卓状サンゴの裏側の狭い隙間にも入り込むことができます。背面は長さ2~4cmのたくさんの棘で覆われています。この棘に大変危険な毒が含まれています。オニヒトデは移動能力が高く、餌のサンゴを求めて1日で70m近く移動することができます。
3.生活史
沖縄島では6~7月頃に雌雄のオニヒトデが放卵放精をします。1匹のオニヒトデは1年間に数千万個の卵を生みます。受精卵は発生して幼生になり、数週間はプランクトンとして海面近くを浮遊しています。その後サンゴ礁の上に降りてきて着底し、直径0.5mmくらいの稚ヒトデに変態し、冬に直径10mmくらいにまで成長します。
オニヒトデは、条件が良ければ生後2年目の夏には20cmほどに成長し、放卵放精を行うまで成熟するものもいます。オニヒトデの寿命は水槽での飼育実験から7~8年と見積もられています。
オニヒトデが主にサンゴを餌としていることは広く知られています。しかし、卵から孵化した直後のプランクトンの頃に珪藻や渦鞭毛藻などの植物プランクトンを食べていることや、その後の着底した頃の稚ヒトデが石灰藻の仲間であるサンゴモ類を食べていることはあまり知られていないことかもしれません。
オニヒトデは、サンゴを食べる際、組織をついばんだりかじり取ったりするのではなく、自分の胃をからだの下側にある口から外に出して、直接消化吸収します。1匹のオニヒトデは1年間に5~13㎡のサンゴを食べるといわれています。しかし、飢えにも強く半年以上何も食べなくても生きていられます。オニヒトデは、成長の速いミドリイシ類やコモンサンゴ類を好み、ハマサンゴ類やサンゴガニが共生するハナヤサイサンゴ類は好まないようです。ただし、飢餓状態になると、好みに関係なく全てのサンゴを食べてしまいます。
オニヒトデを捕食する生物として、ホラガイ、フリソデエビ、フグの仲間、モンガラカワハギ、ハタの仲間、オウギガニの仲間、ウミケムシの仲間、クラカオスズメなどが知られています。しかし、ホラガイやフリソデエビなどは、数が少ないうえにオニヒトデだけを好んで食べるのではなく、通常は他のヒトデ類を食べていると考えられ、強力な天敵というわけではなさそうです。ただし、プランクトン期や稚ヒトデ期のオニヒトデがどんな動物に食べられているのかは、まだ良く分かっていません。
4.沖縄県におけるオニヒトデの大発生
宮古島では1950年代後半に、八重山諸島でも1970年代に大発生が確認され、サンゴ礁が大きな影響を受けました。沖縄島では、1969年に恩納村でオニヒトデが大発生し、その後、他の地域に移動したといわれています。1980年代初頭までに、沖縄島ではオニヒトデの影響で健全なサンゴ礁が非常に少なくなったようです。その後、1990年代中頃までには、沖縄県の各島々においてオニヒトデの密度は正常に近い状況に戻ってきて、サンゴ礁も回復していったようです。
恩納村では、1983年以来現在まで、毎年オニヒトデ駆除を行っていましたが、1996年に再びオニヒトデが大発生し、過去最大の駆除数を記録しました。1990年代後半から2003年までに、沖縄島の北部、沖縄島周辺では慶良間諾島や粟国・渡名喜島、伊是名・伊平屋島など各地から大発生の報告がありました。2004年に入り宮古島、石垣・西表島周辺でも大発生の兆候が確認されています。
5.オニヒトデの棘が刺さったら
オニヒトデにはたくさんの棘が生えています。棘は非常に鋭利で、しかもとてももろく出来ているので、深く刺さると皮膚のなかで折れて簡単には取れなくなります。棘には毒があり、刺さると大変痛むうえに腫れたりします。痛みは棘が刺さると即座に生じ、非常に強烈で数時間持続します。ひどい症状になると刺されて1時間ほど後に嘔吐したり、数日間にわたり2~3時間ごとに痛むこともあります。
体質によってはアレルギー反応を起こすこともあり、さらにひどい症状となることもあります。オニヒトデの棘に繰り返し刺されると、その後に期間が空いた場合でも、次に刺された時の反応がよりひどくなることもあります。
※オニヒトデに刺されたときの応急処置は以下のように行ってください。
(1) 簡単に取れそうな棘は取り除きます。傷の中に埋もれている棘は治療を受けるまでそのままにしておきます。棘の先端はとても折れやすく、傷の中では見つけ出すのも難しいので無理に引っ張り出そうとはしないでください。
(2) 傷を熱めの湯(約40~45℃)に浸します。傷口をきれいにし、ゆるく包帯を巻きます。
(3) 医師の治療を受けます。
A: まず結論から言いますと、駆除にはそれなりの意義があります。しかしオニヒトデを闇雲に駆除すればよいものではありません。オニヒトデはサンゴを食い荒らす悪者とのイメージがあるかも知れませんが、悪とはあくまでも人間の価値基準に基づくもので、生物一般に善悪はありません。オニヒトデもサンゴ礁生態系の一員です。駆除により根絶を目指すことは誤りであり、理論的・技術的にも不可能です。
通常、オニヒトデの分布密度は非常に低く、目立たない存在です。サンゴ群集が健全であれば、群集全体の成長量からすれば、オニヒトデが食べるサンゴの量はわずかなものです。またオニヒトデはミドリイシ類やコモンサンゴ類などの成長の早い種類のサンゴを好む傾向があります。サンゴ礁が健全な状態だと成長の早い種類だけになってしまい、サンゴの種の多様性が低くなってしまう傾向がありますが、オニヒトデがこれらを食べることで、成長の遅いサンゴ(ハマサンゴ類やキクメイシ類など)が生育できる余地が生じ、種の多様性が高くなる効果があるとも考えられます。
問題はオニヒトデが大発生した場合です。そもそも大発生はなぜおこるのでしょうか。オニヒトデのもつ性質として大発生と沈静化をくり返すとする自然現象説もあれば、生態系の人的撹乱(富栄養化、天敵生物や生態系のバランスを保つ上で重要な役割を果たす生物の乱獲など)が原因とする説もあります。これらのうち富栄養化とは海水中のリンやチッソなどが正常な濃度範囲を超えて高くなることを言い、主に生活排水や畜産業排水、農業肥料などの流出によって引き起こされます。この富栄養化がオニヒトデ幼生の餌である植物プランクトンを増殖させ、大発生につながるとする説が最も有力視されています。人為的原因による大発生であれば、人為によってそれを抑えることは人間の責任です。
理想を言えば大発生の原因を解明し、それを除去することが根本的解決の道ですが、原因が自然現象か人的攪乱なのかも含めて、今のところ解明の見通しは立っていません。駆除は対症療法に過ぎませんが、目の前のオニヒトデ大発生への現実的な対応と言えます。サンゴ礁は水産資源の涵養や観光資源をはじめ多くの有形・無形の機能的側面が多く指摘されているように、人間にとって重要な存在ですし、サンゴ礁の荒廃は地域の水産業や観光業にとっては死活問題なのです。サンゴ礁への脅威はオニヒトデの大発生だけでなく、サンゴの白化現象や病気、赤土や諸排水の流出、埋立、破壊的なサンゴ礁の利用など数多く存在しますが、自然状態でのサンゴ礁の回復力が低下してきている現状を考えると、実行可能なサンゴ礁保全策は、一つでも多く実行に移すべきです。1970~1980年代にかけて、オニヒトデによって重大な被害を受けた沖縄のサンゴ群集は、その後回復しました。しかし、現在のサンゴ礁をとりまく状況は、以前とは比較にならないほど全体的に劣化しており、もし、壊滅的な被害を受けると回復できない、あるいは回復に非常に長い時間がかかる恐れがあります。このため、少なくともサンゴ幼生の供給源となる重要なサンゴ群集は残しておく必要があります。そのための対策の一つがオニヒトデ駆除です。
ただしオニヒトデ駆除は目的ではなく、手段であることも自覚する必要があります。数多く駆除すればよいのではありません。ある研究例では、オニヒトデのサンゴ捕食速度とサンゴ(主にミドリイシ類)の成長速度が釣り合うオニヒトデ許容密度は50m四方当たり2.5~2.8個体と報告しています。すなわち物陰に隠れているものも含めて2個体以下にできなければ、サンゴは減り続けることになります。目的はあくまでもサンゴを健全な状態で残すことですので、保全すべき場所を限定して、年を通じて継続的にオニヒトデ密度を低くコントロールすることが重要です。ただ数多くオニヒトデを駆除するだけの活動は間引き効果となり、大発生を長期化させるおそれがあるので注意が必要です。駆除活動は何個体駆除したかよりも、どれだけの面積のサンゴ群集を保全できたかで評価されるべきです。したがって駆除数が少なくても、オニヒトデ密度が許容範囲内に抑えられ、サンゴ群集の面積が減少していなければ、その活動は高く評価されるでしょう。
なお、駆除によって起きた放卵・放精が新たな大発生の引き金になるのではないかとの質問をしばしば受けますが、それを気にする必要はないでしょう。駆除の刺激によって放卵・放精が起きることがあるのは事実ですが、これは、それらのオニヒトデがいつでも放卵・放精可能なほどに成熟していることを示すもので、放っておいてもいずれ勝手に放卵・放精します。また駆除によって傷ついたオニヒトデから精巣・卵巣が流出することもありますが、産卵直前でなければ、正常に受精・発生することはありません。
もう一点、オニヒトデによる食痕と白化やホワイトシンドロームについてですが、これらは慣れれば容易に区別できるものです。現在慶良間、宮古、八重山などで真摯にオニヒトデに向き合っている多くのダイバーや関係者は、これらを混同していません。
オニヒトデに関する基本的な情報は、沖縄県環境部 自然保護・緑化推進課のホームページにある「オニヒトデのはなし」に載っています。これには駆除に関する情報もあります。
また、稚ヒトデを調査するための「稚ヒトデモニタリング・マニュアル」が(財)沖縄科学技術振興センターのホームページに載っています。
2007年2月1日
沖縄県オニヒトデ対策会議・学識経験者
サンゴとサンゴ礁に関する書籍
【サンゴとサンゴ礁について】
■本川達雄(1985)『サンゴ礁の生物たち』 中公新書766
■森 啓(1986)『サンゴ ふしぎな海の動物』 築地書館
■チャールズ RC シェパード(本川達雄訳)(1986)『サンゴ礁の自然誌』 平河出版社
■高橋達郎(1988)『サンゴ礁』 古今書院
■山里 清(1991)『サンゴの生物学』 東京大学出版会
■西平守孝・酒井一彦・佐野光彦・土屋 誠・向井 宏(1995)『サンゴ礁 生物がつくった〈生物の楽園〉』 平凡社(シリーズ共生の生態学5)
■土屋 誠(1999)『サンゴ礁は異常事態-保全のキーワードはバランス-』 沖縄マリン出版
■鈴木克美(1999)『珊瑚』 法政大学出版局
■茅根 創・宮城豊彦(2002)『サンゴとマングローブ』 岩波書店(現代日本生物誌12)
■日本サンゴ礁学会・環境省編(2004)『日本のサンゴ礁』 環境省
【サンゴ礁地域の話】
■沖縄地学協会(1982)『沖縄の島々をめぐって』 築地書館
■河名俊男(1988)『琉球列島の地形』 新星図書出版
■目崎茂和(1988)『南島の地形-沖縄の風景を読む-』 沖縄出版
■西平守孝(1988)『沖縄のサンゴ礁』 沖縄県環境科学検査センター
■西平守孝(1988)『サンゴ礁の渚を遊ぶ 石垣島川平湾』 ひるぎ社
■サンゴ礁地域研究グループ編(1990)『熱い自然 サンゴ礁の環境誌』 古今書院
■サンゴ礁地域研究グループ編(1992)『熱い心の島 サンゴ礁の風土誌』 古今書院
■目崎茂和編(1991)『石垣島のサンゴ礁環境』 世界自然保護基金日本委員会
■小橋川共男・目崎茂和(1996)『増補版 石垣島白保 サンゴの海』 高文研
■中村和郎ほか編(1996)『日本の自然地域編8 南の島々』 岩波書店
■米倉伸之編著(2000)『環太平洋の自然史』 古今書院
【サンゴの図鑑】
■西平守孝・Veron JEN(1995)『日本の造礁サンゴ類』 海游舎
■西平守孝(1988)『フィールド図鑑 造礁サンゴ』 東海大学出版会
■海中公園センター監修(1990)『沖縄海中生物図鑑』全11巻 サザンプレス