2007年公開シンポジウム

「公開シンポジウム 日本のサンゴ礁研究の歩みと展望  -日本サンゴ礁学会設立10周年を記念して-」
日本サンゴ礁学会・琉球大学21世紀COEプログラム共催
日時: 2007年11月25日(日) 13:15-17:00
会場: 沖縄コンベンションセンターB1会議室


シンポジウムの様子


・第一部:日本のサンゴ礁研究の歩みと展望(13:15-14:50) *敬称略
 
1.山里 清(琉球大学名誉教授):日本のサンゴ礁生物学研究の歩み(0.26MB)
日本におけるサンゴ礁生物学研究の歴史は古くはない。サンゴの研究も、1930年代からの矢部長克教授ら(東北大)の分類学的研究がはじめとなるし、生物学研究は、パラオ熱帯生物学研究所(1934年設立)を拠点とした諸大学の若手研究者たちに担われた。しかし、パラオや琉球。小笠原が分離されて、サンゴ礁研究は閉ざされてしまった。日本人研究者が国際サンゴ礁シンポジウムに参加するようになるのは第6回のグアムのシンポジウム(1992年)あたりからである。そして10年前に日本サンゴ礁学会が設立された頃からは急速に研究者が増加し、第10回シンポジウムを沖縄で開催したときには、参加者は米国についで多くなった。研究者が増加すると、これらの研究者は何を研究しているのか興味がわいてくる。本日はこのことについてご紹介します。

2.小西健二(金沢大学名誉教授):サンゴ礁で温故知新-地球科学からのアプローチ-(0.30MB)
サンゴ礁が造礁生物生態系とその遺骸のつくる生物岩からなることは、ダーウインの環礁大洋島沈降説以前から知られていた。地形・地質学、地球物理、地球化学、海洋学の進歩と掘削技術の改良は、同仮説支持と同時に、環礁が数千万年の造礁生物や海洋底の歴史を収録する貴重な古文書であることを教えた。
現生サンゴ礁は昨世紀中頃から人間活動等複数要因により急激な擾乱を蒙っているが、その母体の完新世サンゴ礁(数千ー1万年)は、冷室期の第四紀に周期的気候変動に伴う氷河性海面変動を通じ最後に形成された。温室期の第三紀中新世中期ー三畳紀のサンゴ礁とは、生物種、鉱物組成、生育海水組成、水深、古地理など異なるという。現生サンゴ礁モデルへの対案が、時間高分解能、多様な代替指標(特に同位体比)、生物種構成等の解析に集中し進められている。
変動環境で信頼できるベースラインの認定、生態学・地質学間時間尺度の調整、大気温暖化・海水酸性化、造礁生物の地理的移動、そして「保護海域」設定など、サンゴ礁保全には、地球史の時空スケールからの視座も大切であろう。


3.近森 正(慶応大学名誉教授):サンゴ礁の暮らしに学ぶこと-環礁の民族学と考古学-
環礁は中央のラグーン(礁湖)を礁原が輪のようにとり囲むサンゴ礁である。礁原の上にはココヤシにおおわれた緑の州島や白砂の州島が並んでいる。離水したばかりの州島は波に砕かれたサンゴのかけらや貝殻や有孔虫の殻などが満潮位線上わずかばかりの高さに堆積して、強い日射に照らされている。海中の豊かな生物相とは違って、そこはさびしい死の世界である。人間が島に到来すると、島の自然はにわかに豊かさを増した。人々は有用な植物をカヌーに乗せて運び込み、土をつくり、地形に手をくわえて、多様性をつくりだした。それは火山起原の島に居を定めた住民が森林を焼き払って自然を単純化したのとは対照的である。いつ、どこから人々がやって来たのか。いかにして微妙な環境バランスのなかに自らの生存の可能性を探り当てたのか。そして、近代になってから導入されたコプラ生産をはじめとする換金作物の栽培、市場経済、都市化がいかに島の自然の多様性を奪ったか。援助という名の国際的な勢力拡大競争がいかに島の生存を脅かしていることか。環礁の島に考えなければならない問題が集約されている。


・第二部:日本サンゴ礁学会の歩みと展望(15:00-17:00) *敬称略
1.茅根 創(東京大学准教授):日本サンゴ礁学会の歩み(0.60MB)
設立当初220名(1998年5月6日)だった会員数は,現在473名(2007年7月14日)と倍増した.しかしながら会員動向には,学会が次のステップに移行する上で,いくつかのクリアすべき問題点もみられる.種別ごと会員数は,会友40(6),海外7(3),賛助7(6) で(括弧内は1998年の数)ある.社会貢献と国際化のためには,この種別の会員増が重要である.分野は,地質・地理73(61),生物・水産161(84),環境・保全138(59),社会・文化17(10)で,地質・地理,社会・文化の増加が十分でない.また,2000年名簿の学生会員62名の,2007年名簿での所属を追跡すると,大学等26,研究所等7,民間・自宅4,学生4,退会21で,就職先が大学に限定されていることがわかる(少なからぬ者は任期付きと推定される).若手育成という学会の機能を高めるために,職種を広げることが緊急の課題である.

2.山野博哉(国立環境研究所主任研究員):日本サンゴ礁学会からの情報発信:学会誌発行、広報活動、そして国際サンゴ礁年への貢献(0.76MB)
日本サンゴ礁学会は、サンゴ礁に関する書籍の出版(「日本におけるサンゴ礁研究」、「日本のサンゴ礁」など)、学会誌Galaxea, Journal of the Japanese Coral Reef Societyの出版(会員外からの原稿受付、電子ジャーナルによる公開(準備中)などによって、広く最新の科学的知見を収集し発信する)、ニュースレターの発行(年4回定期発行、学会の活動情報に加え連載記事を企画し、広報・啓蒙を行う)、ウェブページの作成(随時更新、情報の即時公開を行うとともに、専門家によるサンゴ礁Q&Aを掲載し、啓蒙を行う)などによって、情報発信を行ってきた。これらの活動は、主に広報委員会・学会誌編集委員会・企画委員会によって行われている。また、2008年の国際サンゴ礁年に向けてワーキンググループ(WG)を作り、環境教育WGをはじめとする他のWGとの協働や科学的な知見の発信を行っている。本講演では、こうした活動に関して報告し、学会としてどのような情報発信が必要か議論したい。


3.中野義勝(琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底実験所技術専門職員):「木も見て、森も語る」全体論的サンゴ礁保全のための普及・啓発の理念
人間は自らを取り巻く問題を見出し、解決したいと望み、行動する。環境問題は、人間が自然と関わることで発生する不可避の問題である。自然科学では、観察を通じて抽出した仮説の提示と実証により自然現象の合理的な説明を探求する。このような思考法は明解で、かつての公害対策など多くの局面で問題解決に貢献してきた。しかしながら、人間社会の抱える多くの問題は複雑で、つねに実証可能ではない。それを承知で、科学の助けを借りながら問題を総合的に認識し、人々が受容できる合理的な動機付けから解決にいたる方法を探ることは重要であろう。沖縄を初めとした多くの地域のサンゴ礁は、空間的にも歴史的にも人間の生活に密着している。故に、サンゴ礁保全とは社会構造の問題と表裏をなし、将来を含めた歴史的関わりをどう望むかという動機付けが重要である。このような全体論的視点を涵養することも、学際学会であるサンゴ礁学会の使命の一つであろう。

   
4.大森 信(阿嘉島臨海研究所所長):サンゴ礁の保全と再生をめざす阿嘉島臨海研究所の活動(0.19MB)
いろいろな要因があるが、世界的に見てもさんご礁の保全と再生のための科学と技術はともに遅々として進んでいない。最近、内外の企業による再生(修復)事業の提案がなされているが、広範囲(1ヘクタール程度)を人為的に再生させた例はない。移植などによるサンゴの再生は面積が限られていることと(現状では大規模な修復は保全に頼るしかない)、結果が成功と確認できるまでには5年間程度の定期的なモニタリングが必要であることを認識すべきである。
阿嘉島臨海研究所ではそれまでのサンゴの生殖と生態についての研究成果を基に、サンゴを屋外で卵から群体までに育てることを目指して技術開発を行っている。その結果、2005年6月の産卵から育てたスギノキミドリイシは野外に垂下した養殖かごの中で18ヶ月後に平均5.8cmの群体に育った。2006年12月にそれらの群体約2000個を阿嘉島の岩場に移植したところ、6ヶ月後の生残率は89%で、群体は平均サイズ9.1cmとなり、岩場を覆うように成長した。

5.灘岡和夫(東京工業大学教授):サンゴ礁保全・再生に向けての学会としての諸課題(0.43MB)
2004年の第10回国際サンゴ礁シンポで採択された「危機にある世界のサンゴ礁の保全と再生に関する沖縄宣言」をうけて,日本サンゴ礁学会では,サンゴ礁保全・再生に向けた行動を具体化するべく,サンゴ礁保全委員会が中心となって,基本理念や方針,具体的課題をまとめた「サンゴ礁保全再生行動計画(アクションプラン)」を策定している(学会HPにて公開中).そしてその実施体制を強化するべく,今年9月からサンゴ礁保全委員会の体制を大幅に刷新している.本講演では,このアクションプランや保全委員会の新体制について概説するとともに,サンゴ礁学会が,サンゴ礁保全・再生に向けてさらに大きく貢献する学会に進化していくための諸課題について論じる.特に,複合的要因下でのサンゴ礁生態系劣化のシステム構造的把握とそれに基づく具体的処方箋の提示や,単なる個別的保全論に陥らない地域づくりの一環としてのサンゴ礁保全,海外貢献を視野に入れたアジア太平洋型サンゴ礁保全・再生スキームの提示,保全・再生の担い手としての新世代の育成,等における学会の役割について議論する.